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【2020/04/05 16:15 】 |
山代・山中・庄川への旅 

3月21・22・23日と石川県の山代・山中と、富山県の庄川に旅してきました。

21日の未明、2時ごろに車で出かけ、長野経由で北陸道へ。

途中に休憩したり眠ったりで、片山津ICを降りたのが9時くらいでした。

まだ暗い妙高あたりでは雪が降って来たりで、冬タイヤで来て正解でした。







片山津温泉に着きました。柴山潟という周囲7kmの大きな湖のほとりにあります。







これは総湯という公共の施設。まだ新しいようで、モダンな建築ですね。







入り口まで行ってみましたが、まだ温泉に入る気がなくてパスしました。

2階の喫茶にでも行けば良かったかな。

最初の写真は、この施設の右側の景色です。

片山津は以前にも来て、北前船の里資料館などに行ったことがあります。







山代温泉に向かう道で、酒蔵の看板が目に入り停まりました。







立派な刻字看板ですが、胡粉が抜けて、木は腐食が始まっていました。

惜しいですねえ。

書き手は、印が不鮮明で不明です。














もう十代目を経るほどの老舗でした。

このラベルの書は、歌舞伎役者の七代目中村芝翫だそうです。

ちなみに中村芝翫の八代目は、昨年に橋之助が襲名したようです。






道の向こう側にこの建物がありました。







良い木が使われています。







やっと山代温泉に着きました。

吉野屋温泉は今はもう無くなって、中心地の古い総湯と並んで、

新しい総湯になっていました。

以前に訪れた際に、吉野辰郎社長に案内されて来た、北大路魯山人の資料館も、

いろは草庵という名前に変わっていました。

とはいえ施設とするととても素敵なものになっていて、山代を再度訪れた甲斐がありました






外観。昔は吉野屋主人・吉野治郎氏の隠居所だったところ。

魯山人は山代に来て、ここに寝泊まりし、須田菁華に九谷焼の技法を学び、

また多くの旅館に残されている書や刻字の作品を制作したのでした。







以前は建物の玄関脇にあったもの。

春来たりて草おのずから生ず。短冊に書いたものが原本。

以前には拓本を取らせてもらいました。















中も少し撮らせてもらいました。明日に続く。








6D
SIGMA 35mm F1,4
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【2016/04/07 00:01 】 | 山代・山中・庄川への旅
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