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【2020/04/05 17:03 】 |
五目牛町の牛石

先日に五目牛町(ごめうしちょう)という町名があることを書きましたが、

その由来となっているという牛石を見てきました。

北関東自動車道の伊勢崎ICと波志江PAの中間くらいのところで、

粕川の西側に小高い丘の森があります。

その南側に牛石はありました。







後ろの森は洞山古墳という前方後円墳とのこと。

前の畑の中に黒い石があって、牛石だそうです。

なるほど見えなくはない。

前方の石だけに目が行きますが、斜め左側と右上にも巨石があります。







「牛石の伝説」なる解説がありました。

義経が東国へと向かう際にこの地を通り、粕川を渡ろうとしたがあいにく大洪水であった。

渡れるや否や、牛を先ず渡らせたら洪水に呑まれてしまった。

翌朝に水の引いた川辺を見ると、石と化した牛が横たわっていた、と。

(洪水に呑まれて流されたなら、もっと下流で見つけるはずですが・・・。)

この辺りにはいろいろと義経伝説が残っていて、

牛ではなく馬が洪水に呑まれた、という場所もあるようです。






反対側から見るとこんな形です。

左向こう側に粕川が流れています。

右上に北関道が少し見えます。







横たわった牛、のようですね、確かに。色といい形といい。

右側を向こうに上がって行くと、そこにも巨石があります。







何故こんなところにこんな巨石があるのか。不思議ではあります。

古墳造営のために持って来られたものなのか。

あるいはここに巨石があるゆえ、古墳が造られたのか。







その右側。中央の石も巨石です。

この道は進んでいくと民家があります。







道の上り口の右側にこの巨石があります。

梅の木にカラスウリが随分とたくさんぶら下がっていました。

丸い形です。







こんな石が地質としてここにあるのが不思議です。







上に石の社が置かれていました。






民家への道を登って行くと、小さな畑の中にまた巨石がありました。

牛石以外の巨石は、「にぐら」や「つづら」、「びょうぶ」が石となったと書いてありました。

そういう石が「五つ」あって、あるいは「たくさん」あって、

それで「五目(ごもく)」となったのでは・・・。

のちにそれを「五目(ごめ)」と読むようになったのでは・・・。

五つの目がある牛、という意味合いはここでは思いつきません。






川の方から古墳を見る。

左端に牛石があります。







粕川と赤城山。







民家への道に、咲いているウメがありました。





















あまり歴史や考古学などには詳しくないので、深入りしません。

花を愛でるにとどめましょう。









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【2016/02/13 00:01 】 | 生活
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