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【2020/04/03 19:47 】 |
鶴田逸亭先生












新潟大学教育学部の教授、鶴田一雄先生が亡くなられた。


9月20日から23日の篆刻の集中講義のために、私は 19日夜に新潟入りした。

宿舎に着いて角田先生に連絡を入れると、鶴田先生がお昼過ぎに亡くなられたと、驚きの報告を聞く。

八月末に体調を崩されたとは聞いていたが、まだ3週間のことである。

唖然、茫然、驚愕、落胆、無念…。

種々の思いがこみ上げて来て、落ち着かない夜であった。

来る道中にトンネルを抜けて湯沢あたりで見た月が、あまりにも澄んでいて身震いするほどであった。

中秋の名月の日。

早あの高みから、道中の安全を見守ってくれていたのかもしれない。


日程の期間中に通夜と告別式。

突然の訃報に驚き、悲しみにくれて、実に多くの弔問の方々が参列されていた。

先生のご活躍の広さと、何といってもその人徳の由と、あらためて思い返すことであった。


先生に初めてお会いしたのは、私が高校生のときであった。

大東の西林先生社中の学生が佐渡で夏に合宿をされたときに、

その中のまだ学生であった先輩の斎藤克己先生が、遊びに来いと呼んでくれた。

そこに齋藤先生とは同学年の大橋先生や2学年下の鶴田先生がおられた。

ということを知るのは、実は大学卒業後に「不手非止」の集いでお会いしてのときである。

それから足立豊先生の読書会でもご一緒していた。

また「未央」の同人でもあり、プランタンで展覧会「未央展」もした。

新潟大学にてもこの7・8年ほど毎年の夏にお世話になっていたから、実に長きに渡るお付き合いをしていただいた。


夜にご一緒してくださり、飲みながらお話を伺うのが夏の講義の楽しみでもあった。

写真は、2010年の飲み会の席でのもの。

大分に量が入ってはいるが、やさしいお人柄がうかがえる表情である。

ご本人もきっと予期せぬことにて無念と思う。

今後ともそちらの世界から、お導き下さることを願っています。

長きのご親交ありがとうございました。合掌。








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【2013/09/30 00:26 】 | 生活
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