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【2020/03/29 07:01 】 |
「正一位稲荷大明神」額 慈雲書











初詣の「尾曳稲荷神社」の社額の文字には、大変に感動した。

昨日に田島氏が寄ってくださった折に、どなたの書なるかを問うたところ、

館林のお殿様の書、ということであった。

また今度に背面を見て、詳しくご教示くださるとのことである。

隷書風の格調高いものであった。


我が家にも実は社額を蔵している。

もう30年ほども前、青山の骨董店の壁に飾ってあったのを買ったものである。

こんなものが売られているのか、という思いで先ずは見ていたが、

落款印に「慈雲」の文字があることで、また驚いた。

なるほど書に味わいがあるはずである。



慈雲
  享保3~文化元(1718~1804)87歳。大阪の人。名は飲光、字は慈雲、百不知童子、葛城山人と号す。

真言僧。15歳で出家、顕密両教を初め、禅・浄土さらに神・儒にまで通じ、ことに梵学に詳しく梵語津梁一千巻の著がある。

また詩歌をよくし書に妙を得、梵字の筆法を加味した特異な書風で特に草書がすぐれ蒼古秀潤の致がある。

(北川博邦)『書道辞典』東京堂出版 より
 
 
  
ともかくも以来我が家に来たって、二階の客間に飾らせていただいている。

実家は神道なので縁無くはないが、もっぱら書と刻の鑑賞の為と割り切っている。

しかし二月の初午には、稲荷寿司などお供えしようと、この歳になると信心めいても来た。

 
 
 
 
 
 
 

「釋飲光印」「慈雲」






 
  引首印  「一向曰我佛子」
  
  
  

  
  

〈背面〉 寛政六年二月  葛城山人之(これ)を書す







「寛政六年」は1794年にあたる。

慈雲は7月生まれなので、この2月では76歳ということになろう。

署名の左側に、何か書いてあったであろう所を、ノミで削り取ったような痕が見られる。

元の掲げてあった神社の名か、神主の名か、あるいは収蔵者の個人名か。

気になるところである。


















 
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【2014/01/24 19:50 】 | 鑑賞
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