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【2020/03/29 07:04 】 |
圓山大迂

圓山大迂。天保九年~大正五年(1838~1916)。79歳。

名古屋の人。篆刻家。名は真逸。号は大迂。

13歳のとき京都に出て、書を貫名菘翁に学んだ。

後に清人の刻印を見て篆刻に志し、明治11年中国に渡り、徐三庚や楊見山などについて

清朝の新風を学び、数年にして帰国し名を称された。

我国に両刃の刀を用いることを伝えたのは大迂といわれる。

                                                      前本菁竹 ( 『書道辞典』東京堂出版)より



南画が拙蔵に一本あるので、撮ってみました。







「拽枝尋詩図」

癸未冬一月冩於/東登行庵大迂

(癸未は明治16年、45歳。このころには帰国していたと思われる。)





圓山真印    大迂  (六分印)







大迂游清以後作(七分印)

この後、19年には東京駿河台南甲賀町に住居するのだが、

「東登行庵」の庵号は、帰国後の名古屋にまだ居る時のものか。





大迂の刻印が一顆あるのでついでに。







(青田石    一寸印)







時癸卯春吉    (癸卯は明治36年  65歳)






大迂老者作







印面「筆底煙雲」






印影






明治27年7月から28年3月が日清戦争。

戦争後に大迂は三回目の渡清をする。その帰国後は京都に居す。









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【2014/06/17 00:01 】 | 鑑賞
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