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【2020/04/03 21:00 】 |
川谷尚亭「李白詩」聯落





李白詩  「上皇西巡南京歌  十首其四」

誰道君王行路難    六龍西幸萬人歓

地轉錦江成渭水    天廻玉塁作長安

誰かいう君王の行路かたしと。六龍西にみゆきして万人よろこぶ。

地は錦江を転じて渭水となし、天は玉塁をめぐらして長安となす。






川谷尚亭は高知県の生まれの人。明治19年~昭和8年(1886~1933)。

安芸郡川北村横山の酒造家、川谷市太郎の三男。

兄には一回り年上で次男の川谷横雲がいる。

名は賢三郎。字は大道。号は尚亭、横山逸民、南海道人、雲弟。

初め斯華会に入会して小野鵞堂の風(仮名)を学び、

明治43年、兄の薦めで近藤雪竹に師事した。

文検習字科合格。大正7年(32歳)に上京する。

日下部鳴鶴、丹羽海鶴、比田井天来など鶴門一派、さらに松田南溟などの益を受けた。

大正13年(38歳)大阪に移り、甲子書道会を興して『書之研究』誌を発行し、

書の普及と子弟の養成につとめた。

昭和3年『書道史大観』を著す。

                                                                〈参考『書道辞典』・佐藤祐豪〉







引首印「文字禅」  八分





 

落款印「賢印」「横山逸民」 八分





まだ表具していない作品なので、シワシワで風邪も引いてシミが多いです。

落款印は、鉛で原印から型どり鋳造されたもののようです。

尚亭の没後、遺品は兄の横雲が受け継ぎ、また横雲の没後には、

その弟子の某先生が受け継いだのですが、その遺品を見せていただく機会がありました。

落款印二顆は、鉛での鋳造印でした。

捺してみた印影はこれと同じものでした。

下に原印と思われる印影との比較図を載せておきますが、

白文は線が細くなっています。

型どりすることで変化が出たものと思われます。

ただ何故にこの印が出来たのかは不明のようです。

『書之研究』誌を発行していて、作品の需要が多かったがために、

対摩耗性の強いものとして製作されたか、

あるいは何か図録の印刷のために、活字と同じく鋳造されたのか。

あれこれ想像するところです。







右は上の作品に捺されているもの。
















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【2014/07/19 00:01 】 | 鑑賞
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