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【2020/04/05 16:36 】 |
石井雙石の書









師古    九十三叟  雙石     240×360㎜







雙石    「碩」(15ミリ角)








石井雙石は、明治6年~昭和46年(1873~1971)の人。99才。

千葉県山辺郡(現・大網白里市四天木)の生まれ。

幼名は石松、のちに碩にあらためる。名に石が二つあることから、雙石と号す。

明治39年、五世濱村蔵六に師事し篆刻を学ぶも、二年後に師蔵六が死去。

その後は河井荃廬に益を受ける。

明治43年に梨岡素岳・太田夢庵らと「長思印会」を結成し、

7月に篆刻研究誌『彫蟲』を発刊する。

以後毎月を基本に、昭和25年10月まで343集を数える。

後進の指導に力を尽くし、門下より多くの俊秀を出した。

明治44年、陸軍を退役後に札幌に移住。大正12年除隊後に東京に戻り、

昭和6年、東京書道会が設立されると役員として参画、篆刻部の重鎮となった。

昭和20年、戦災により蔵書や金石の研究資料のほとんどを失い、郷里の四天木に疎開。

戦後上京し、日展に参画し、以後審査員、参事、評議員を歴任して活躍する。

また終始後進の指導育成につとめた。

昭和38年紫綬褒章、40年勲四等旭日小授章を授けられた。

毎日書道展名誉顧問、書道芸術院顧問、日本書道美術院顧問として、

99歳の高齢で没するまで活躍した。

著書に、『篆刻指南』昭和11年、『篆書指南』昭和14年がある。

また
1200顆を収める『雙石脱印』昭和46年がある。

                                〈参考―『書道辞典』前本菁竹〉








画帖の見開きに書かれたもの。

雙石の魅力は、篆刻よりは書にあると思っている。

書があって篆刻がある。

もちろん篆刻はまた魅力的である。

豪放奔放な作風で知られるが、繊細緻密な作も得意とするところである。

執刀法は握刀法を力説する。

指頭だけの繊細さでなく、腕全体を使うことでより繊細な仕事ができるようになる、

という考え方は、おおいに参考になる。

それはまた豪放な運刀にも隔てなく応用される。

書の運筆法に長じた者の為せることだろうと思う。













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【2014/12/20 00:01 】 | 鑑賞
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