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【2020/04/06 02:09 】 |
関野香雲 達磨図




自力更生    香雲居士宰  (落款印ー関野宰印、長卿)











 








游印ー此間能静坐  何必在山林        8分印






(大きさの比較)








関野香雲、明治21年~昭和34年(1888~1959)、山形県上山市の人。

名は宰、字は長卿、号は香雲、室号は臥牛山房。通称は才太郎。

若年に東京に出て、書を武田霞堂、篆刻を足立畴村に学ぶ。

刻印の他にも木額・衝立・柱掛などに篆書を応用し、工芸品とすることにつとめた。

臥牛印社を主宰した。日展審査員、毎日展審査員。

著に『篆刻入門』(昭和33年)がある。

                                                              〈参考『書道辞典ー北川博邦』〉





游印の「此間能静坐   何必在山林」が気に入っている。

達磨の座禅の姿と、意が通じている游印かと思う。

「此間」の語は、趙州禅師の「喫茶去」の逸事の中で見える言葉。

「曽到此間否」前にもここに来たことがありますか、という問いの中に出てくる。

「此間ーすかん」ここに、という意味だが、この寺に、という意味ではなく、

禅師は、この悟りの境地に、という意味合いで実は言っている、という解釈を知りました。

それでそこに気づかない者には、喫茶去ーまあお茶でも召し上がれ、と言ったのだと。


先の印文は「悟りの境地に入るほどに静坐すれば、奥深い山林で修行することもない」

ということになるでしょうか。

この言葉は石濤ー苦瓜禅師の『苦瓜禅師画語録』が出典のようなのですが、

まだ原文に当たってはいません。

また清初の福建甫田派の印人・林皐にこの印文を刻している印があるのを、

ネットで見つけましたが、貧架の資料には見当たりませんでした。













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【2014/10/20 00:01 】 | 鑑賞
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