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【2020/04/05 16:51 】 |
風邪薬をもらいに

まだ風邪の症状が良くならないので、病院へ行ってきました。

近所の内科医院が移転してしまったので、本町の黒羽根内科医院へ行ってみました。

散歩の途中で、建物は新しいのですが、

入り口に古い看板を掛けてある病院だなあ、と見ていたのです。







他に新しいロゴの看板も建物には付いているのですが、

これは南側の入口のところに掛けてあります。







正面からの図に修正してみました。







渋い作りで、立派な作品です。






診察をしてもらってから先生に看板のことを聞いてみました。

お父様のご親戚にあたる方が山形の書家で、その方の作だそうです。

帰ってからネットで調べました。

黒羽根内科医院は、もとは今の伊勢崎明治館(市文化財)が病院の建物で、

明治45年に今村医院として建てられた県内でも最も古い時代の、洋風建築の病院でした。

お父様の黒羽根忠雄先生が、昭和22年に建物を購入し、黒羽根内科医院が開業。

平成14年に市に寄贈されて、曳き屋をして今の曲輪町の位置に移転されました。

その本町の元の位置に新しい建物の病院としてあるのが、今日行った病院です。

入り口の看板は、旧の医院のものを掛けてあるわけですね。

私が伊勢崎に越してきたのが平成元年。本町に洋風の病院があるのを見てはいました。

14年の移転は話題になり、伊勢崎明治館として再生、

そして開館、というあたりは記憶にもあるのですが、

元の場所のその後の変化にはあまり注目していませんでした。

というか、地域のことをまだあまり良く知らないのです。いけませんね。








昭和己丑は24年、1949年。

開業の2年後の制作ですね。









ウイキペディアを見ると、先生のお父様・黒羽根忠雄先生の従叔父に

松平穆堂という黒崎研堂門下の高名な書家がおられます。

作品を画像検索してみると、何点かを見ることができました。

落款はこれと同じなので、松平穆堂の作ということでやっとモヤモヤがなくなりました。

風邪のモヤモヤはまだですが、お薬いただいたのでじきに治るでしょう。














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【2014/12/25 01:00 】 | 鑑賞
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